喪140と加藤さんのこと

喪140のこと

喪140で加藤さんの掘り下げ、来ましたね。

この更新までの3週間、期待しまくって、どんな展開になって肩透かしを食らうのか、みたいな想像がはかどっていたわけですが、思いっきりスピードのある直球を投げてこられて、さすが谷川先生!って気持ちになりました。

加藤さん、どんな人なのか。もこっちの評価としてはマリアさま、という彼女らしいもので、相変わらずもこっちはもこっちだなあと思うわけなんですが。

実際のところ私がどう捉えたかというと、加藤さんってリベラルな人なんだな、です。

もこっちは行動力あるし、悪いことや迷惑になるようなことはそんなにしませんが、偏見というのを持っていて、偏見に基づいて行動してしまうのは作中でなんども提示されてきたことです。

今回のもこっちの偏見は、私は加藤さんに釣り合わない、という自分へ向けられた偏見が最も大きかったし、もう一つ言えば加藤さんは変態なんかとは距離を置きたがるし、引いてしまうだろうという偏見です。

加藤さんみたいな綺麗な女性は、ちんちんとか言葉を発する変態のことは軽蔑する、綺麗な女性は綺麗なものしか見たくないだろうという、めちゃくちゃな偏見です。

それに対して、何がそもそも問題なのかわからない加藤さんというコンビが今回の見どころですね。

自分とは釣り合わないいい人である加藤さんに対して誠実にあらねばならないと心に決め、自分の変態性をどんどん語るもこっち。

それに対して「よくわからないけど今まで知らなかった黒木さんのこと教えてくれるんでしょ」と友好を深めたいシグナルだとして受け止める加藤さんという複雑な構図。

それに返すもこっちの「マリアさま(おかあさん)」って、最高に面白いすれ違いギャグだと思います。

加藤さんの人物像

加藤さんはリベラルな人で、例えば女の子はこういうことをしちゃダメ、もっと女の子っぽくしなさい、というような教育を親御さんから受けてないのだと思います。

あくまで個人は個人、その人はその人らしくある、という考え方ですね。もこっちももこっちらしくあればいいのであって、それに何か問題でもある?卑下する必要ある?って感じです。

ペニスとかいうのもそうです。女の子がペニスとか言って何が悪いの?って、そういう価値観を端的に表現してると思います。(※これはこれで単体のギャグ、村上春樹ネタとしてワタモテでも谷川先生の他作品でも取り上げられているもののバリエーションではあるのですが)

それはでももう一方で、型にはめられるのがいや、括られるのがいや、ということでもあるとは思います。

型にはめてくる人、括ってくる人のことは苦手なので、そういうのを避けるために加藤さんは周囲の人を冷静によく観察していると思います。

喪109「モテないし雪の日の学校」なんかでも、加藤さんはもこっちをよく見ているという感じがします。この回の加藤さん、もこっちにネイルを施すという作中でも印象深い存在なのですが、その前段の本を選んでもらいたいってところに、それを感じます。

この時のもこっちはキュレーター的な意味では真剣ですけど、相手を見て本をどう見繕うは結構偏見が入ってます。これを加藤さんがどう見ているのかはここだけでは判断できませんが、本を選ぶときの真剣さについてはしっかり見ている感じはありますね。

翻って南さんは、陰キャラだからキモい、アニオタだから陰キャラ、つまりアニオタだからキモい、という三段論法ができるくらいの括りと偏見の天才というところがあり、それは加藤さんは苦手なタイプだなってわかります。これらは喪128「モテないし回る」で描かれてます。

でもここで描かれている加藤さん、キレてるとか怒ってるんじゃないと思うんですよね、単にそういうつまんない話題には混ぜないで欲しいって態度で表してるだけだって捉えてます。

現時点で単行本未収録の喪135「モテないし仮面をかぶる」での加藤さんのメイクについては、多分いろんな意見があると思います。実はメイクが下手だ、という捉え方もありうるだろうなと思います。

これはでも直前で語られている、メイクというのは自分のためのもので、好きなことをするためのものというのを実践してるだけっていうのが私の捉え方ですね。

メイクが好きな人なのに、実践してみたら超下手っていうギャップでの笑いっていうのもあるかもしれませんけど、要は個性的というのをどこまで受け入れることができるかという、最初に書いたリベラルってことはそういうことなんだと考えれば、先にあげた3話と今回の加藤さんは矛盾なく繋がるなと思います。

加藤さんのキャラクター造形など

私は正直いえば加藤さんのような、物事を偏見なくフラットに見ることができる人のことを羨ましいです。そして自由に大学を選べること、そんなことを羨ましいと思います。

私にすれば、リベラルなものの見方ができる人って結構いい家庭に恵まれたのだなと思ってます、これ自体偏見ですけど。加藤さんはいい親御さんが偏見をもたせずに育てられたのだな、と思います。

そういうことを考えるのは私が地方の小都市の出身だからかもしれません。そもそも地方でリベラルなものの考え方をするのは難しいと思うんですね。

先ほども書きましたが、女の子らしくしなさい、男の子らしくしなさいに始まり、この人はこのようにしなさい、という括りと規範の押し付けの塊です。そこから外れようものなら、親、先生、近所の人に怒られまくるわけです。

だからリベラルな考え方の人は目立ちます。変な人とさえ捉えられます。

都市部、特に首都圏では、リベラルな考え方は許容されるし、そういった方針で子供を教育されている家庭の割合は多いように感じます。そういう空気を加藤さんからは感じられます。

喪140を読んで、谷川先生もそういうキャラクター造形もするんだなと思いました。ワタモテの中では珍しく、どこにでもいるような人ではない人。

今回の舞台である(架空の)青学のリベラルな校風、男女比3:7なんてお話と結構密接な関係があると私は思います。

私の過ごした地方小都市に、そんな空気はどこ探してもありません。それを求めれば県境を超え新幹線で600km以上離れたところに行かなければいけない。

本作の登場人物はみんな大学進学しそうです。現在のお話はそういう流れになってます。私の出身地では女子進学率は30%台に止まります。首都圏では男女共7割がたが進学します。

加藤さんもそうですし、もこっちの取り巻く環境、羨ましいなって私は隠さずに思います。

いまでも私は自分の中で根付いてる偏見との戦いの日々です。できれば区別したり差別したり偏見の目で見たりはしたくない、それを頑張ってます。頑張ってものをフラットに見られるようにしている自分にとって、まるで自然かのようにフラットに見られる加藤さんは本当に羨ましいなと思います。

ワタモテの世界、加藤さんの造形だけみても奥行きが深まってるなと感じます。どこにでもある風景にも見えるけど、私の身の回りにはなかった風景だなと。