喪121の感想

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!第121話の感想です。

父親回、というのが来るとは思っていなかったので、しばしタイトルを見て目を疑いました。

過去を振り返って見ると母親回、っていうのは無いわけですよね。それがいきなりの父親回。

父性の喪失とか、あんまりよくわかんない言葉を知ったかぶりで使うのはよしておきますが、ワタモテの物語の中で父親の役割というのは考えてもみなかった。

で、振り返ってみて私自身、智子を友人というよりも親のような目で見ているといいながら、実際こうやって突きつけられてみて、言葉を失っていたというのが現在の心の記録になります。

あくまでこの感想文はその読後感についてその時の気持ちで書き記しておきたいというのが個人的な目的です。あとから読むと随分意見が違っていて面白いんですよ。もし修学旅行編の序盤に感想文書いてたとしたら、このヤンキー嫌な感じですね、とか書いてたに違いないと思うんです。

お話戻ってこの喪121を読んで思ったのは、智子と父親との関係はそんなもんだろうな、というそういうごく当たり前な、単純さも極まる感想です。

父親と釣りに行って智子に変化が生じたりドラマが始まったらワタモテじゃないです。この淡々とした写実的表現はこのところのドラマ展開の中でいかにも気が抜けてますが、物語の身がびしっと締まった気がする、とよくわからない表現になります。

なんとなく思い出したのは数年前に見に行った原恵一監督のカラフルって映画です。単純に父親と釣りに行くエピソードがあるだけで、本当になんの関係もありません。ただあちらは非日常的な展開の中で淡々としつつも濃厚な父と子のドラマが描かれます。川釣りなのも一緒だし、なんとなくです。

智子はおそらく週に何度かは父親と食卓を共にするような優しい家庭に暮らしているようにぼんやりと想像していました。今までの登場シーンはたまたま帰って来るのが遅い回とか多かったですが。

智子は反抗期は無いか、薄い子だと思います。私自身は高校生ぐらいの時は親と一緒にご飯食べるのはしんどいなと思っていたような感じなので、仲良い家族って素直にいいよなと思います。

それは智子が内にこもりがちな一つの理由かもしれないです、学校行かなくていいなら行きたく無いって作中でも語ってます。

少なくとも母親は些細なことで咎めても、父親から積極的に咎めたり行動を縛ったりしないんだろうな。それはでも希薄というと違うんですよね。両親からガヤガヤと進路や趣味や生活、交友について言われたら、こんな家出て行けるものなら出て行きたいと思うでしょう。

智子がスカート長い、化粧しない、身だしなみについては中学生レベルの質素かつ派手を嫌うのはなんらか親の影響もあるんじゃないかと読み始めた初期からの感想です。でもそこにシンプルな力学なんか無いのがリアリティです。

これからも、黒木家ということには興味を持ち続けたいです。描かれないかな、と思っていた部分について、今後もっと深く知ることができるかもしれません。

でも描かれなくてもいいです、そんな断片から智子を読み取り想像を膨らませることが楽しいですからね。大変大切な断片のひとつだと思いました。

クズとメガネと文学少女(偽)1巻の感想文

星海社より待望のクズとメガネと文学少女(偽)1巻が出版されました。

連載スタートが2017年2月14日でしたので、8月の連載分までで6ヶ月。

Twitter連動の4コマ漫画ツイ4での連載ということで、毎月14日から27日まで15時30分になったらタイムライン集合って感じで毎日読めるのが楽しい。

谷川ニコ先生の連載として現在「私が持てないのはどう考えてもお前らが悪い!」「ライト姉妹」と合わせ3本目となるものです。

表紙の織川さん、可愛いです。谷川ニコ先生の作品の中でも最もかわいいと言って全く過言ではありません。表紙のなんと美しくも繊細、耽美と呼べるかもしれない。

まさかこの猫目の少女があんなため息の出るほどの馬鹿とは。

初期はクズこと古河くんのサイコっぽさが表に出ていましたが、圧倒的に織川さんの馬鹿さに飲み込まれてしまったという感じです。織川さんの馬鹿さが明らかになるとともにメガネこと守谷くんが古河くんを読書の道に導く展開。

あと古河くんと守谷くんの距離が近づくにつれ、同性愛的な誤解を生む展開ですね。これも織川さんの馬鹿に属するものではあるのですが、これが引きずる引きずるという感じで押し流されそうになります。本当に今後付き合ってしまうのではないだろうか。

織川さんは馬鹿、守谷くんが古河くんを読書の道に導く、同性愛、1巻の主題三つの柱と言えるものです。

何書いてるのかちょっと分からなくなって来ました、読んだらわかる、というか、読んでも正直わからない。読書ってものが一応テーマに据えられていますが、びっくりするほど俗っぽい、何となくゲスい、読んでて共感性羞恥みたいな感じになってくる、先の展開が読めない。

だけど面白い。

もし感想がストーリーを語るものであれば、感想を書くことは難しい、どう考えてもこんな感じになってしまう。でも面白い。伝われこの気持ち。本当だろうかと思う方は是非ツイ4で読んでみて、気に入ったら単行本も買ってもらえたらなと思います。

http://sai-zen-sen.jp/comics/twi4/bungakushoujo/

こちらで読めますので、ぜひぜひ。

ワタモテとのコラボなんていうサプライズ4コマもあり、ツイ4アカウントをフォローしてから結構彩りのある生活になりました。生活を変えるツイ4。

ここからは単行本ネタバレになりますが、買おうかどうかって思う方には逆に読んでいただきたいかも。

書き下ろしに漫画とともに作中に登場する小説に対するコラムがあります。

谷川先生は原作(ネーム)担当と作画担当の二人組なのですが、原作担当の先生(谷川イッコと名乗られることもあります)の地の文を読めるという珍しい機会です。

今までは作者インタビューなどはありましたが、コラムというものを目にすることがなかったように思います。それが読めるというのは、私としては最大の期待がありました。

そして読んでみてわかったこと、谷川先生、読書家じゃない。驚きました。私も読書家ではありませんが、学生時代には毎日本を読む時間があり、それなりには読んで来たつもりです。作中登場の三島由紀夫作品も大好きです。

なので今まで読んで来た作品から三島作品をピックアップされたのだろうなと思って、趣味が似てる嬉しいな、とか考えていたのが思い切り肩透かしをくらい、そのまま前のめりに倒れこむ勢いです。

こんな読書について語っていない読書コラム見たことありません。語るつもりがないというか。

そんな作者が描いた読書テーマの漫画と思えば、今後に期待です。得難い体験と言えます。サッカーのルールはあまり興味ないけど選手のゴシップは好きな人の書いたサッカー漫画みたいな、たとえ最悪ですけど。

あくまで作者と作品は切り離して考えるべきなのかなと思いますが、これによって作品と作者、両方に対する愛情が深まりました。なので迷う方は単行本買って欲しいなと思うところです。

 

喪120の感想文

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!第120話の感想です。

前回に引き続き、引っ張ってきた打ち上げ会当日のお話。

クラスでの打ち上げという楽しげで賑やかな空気の中で2年生の振り返りをモノローグでやってしまうのではないか、などと予測していたわけです、かつての学食回のように。

前回盛り上げた分、冷めたもこっちが帰ってくるのかなと。

それがこうくるのか、と驚きました。もう毎回驚いている感じはあります。このところのワタモテは超展開といってもいいとおもいます、あるいは神展開。

なんともこっちが、焼肉屋さんという極限状態の中で普通に振舞おうとしてるし、万全とはいかなくともその場をうまく取り繕うとさえして、やらかすこともない。学食ぐらいのクラスメイトとの立ち回りは安定してできるようになっている。今回の心の声はもこっちが主で、いかにその打ち上げでうまくするかとか、話題をそらすかなどが中心です。

対比するように田村さんがクラスの中で居心地悪さと孤独を味わう役割を持ってしまう。全く想像できなかったし、すごいエピソードだと思います。

今回の田村さんは、田村さん登場前後、つまり修学旅行編あたりからのもこっちの味わってきた居心地悪さを再現して味わってるなと思ったところです。

席変えをして居場所がなくなるのは、修学旅行編初日の新幹線に似ています。

隣にいる南さんがあからさまに向きをそらして背後の真子と話するのはうっちー登場の野球部応援回のバスの中。

焼肉のオーダーの際に何でもいいって言うのは修学旅行で行きたいところを聞かれた時のままなので、同じ田村さんなんだなと感じますが、人との関わりで状況が変わってしまった。

吉田さんが岡田さんと会話しているのを遠目に見るところも、修学旅行編の自由行動の回で吉田さんを誘おうとしたもこっちそのままのイメージ。私としてはここが一番胸に刺さったように感じます。

ちょっと話はずれますが、こういう場は社会人になってから定期的に行われますね。忘年会とかなんだとか。そう言う時に席変えとかしようっていう流れ嫌いなんですけど、それで自分でリードしてポジションとっていく人、うまいなと思いつつもうざいなとも思ってしまいます。できれば普段会話しているグループで固まっていたいのに、乱してくれやがって、という感じです。

そういうのは体育の時間にペアになる人がいないというのよりも、もう一段社会性のあるぼっちあるあるになるなと感じました。田村さんあんまりクラスメイトと絡みがないなら、そういう経験値ゼロだと思うし、そうなるまで隅っこで固まっていられると安心していたのではないでしょうか。その辺を吉田さんに突っ込まれていますね。

そこから田村さんに真子、吉田さん、そしてもこっちが順に集っていくのは、あの嵐山の渡月橋あたりの展開が思い出されて、良いです。感動したという言葉を使うのが安っぽく思うぐらいに良いなと思います。上手く言葉が見つけられないです。

田村さんは田村さんなりにクラスの中で浮いてしまう自分と、そして居場所を発見したという感じです。

もこっちが煽って、吉田さんが受けて、その仲裁に入るって流れは田村さんにとってはルーチンワークみたいになってたとしても、それはそれで居場所だったんだということです。それをみなバラバラになるかもしれないその日に見つけた。

なので最後にわがままを言ってしまう田村さん、切なくもありかわいくもあり。京葉線は夜でもそれなりに本数があるので21時~22時でも10分に1本は電車が来ます。なのであと10分だけ欲しい、って言ってるんですよ。

田村さんの普段の考え方ならかっこ悪い、ダサいことだと思います。そういう自分を海浜幕張のホームに見出した。

ワタモテでそういうお話を読むなんて思ってもいなかった、そしてすごく心を揺さぶられました。