喪104の感想文

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!第104話の感想です。

最初の一回を読んだ感想は、待って、わからない。でした。

予想通りのきーちゃん回ではありますが、もこっちの行動の理由もきっかけも心の動きも何もかもわからない。

7巻特典OADの青松くんの気持ちでしたね。

サイコきーちゃんを恐れてテンパった上での奇行の数々といったところですが、全ページで未体験のスタンド攻撃を受けているようなサイコきーちゃんとは別方向の怖さがありました。

なぜJOJOネタを使うかといえば、きーちゃんがあえてゲーム内で一位を狙わないところがサイコって、それは吉良吉影しかないんじゃないかって所から来ています。ジョジョを読んでいなければ心の闇っていう言葉の意味が、鈍い私にはわからなかったかも。

今回最大の驚きは、きーちゃんの瞳孔が引き絞られれている時は、きーちゃんの心が怒ったり、ドキドキしたり、優しい気持ちになった時、というのが内心の声によって明らかになったことです。

だから八尺様の動画で驚かされて、きえーいってなった時は怒りで眠れなかったってことですね?駅前に連れて行っても声かけられてないもこっちに苛立ちを覚えていたわけですね?

もちろん素直に読んでいれば、それはそうとしか捉えようがないって思います。けど私はきーちゃんはそんなはっきり苛立ったり怒ったりしない穏やかな心の子かなと思っていたので、あの引き絞られた瞳孔を演出と捉えていました。

スクリーントーンで薄暗い中で表情が描かれないとか、映像作品で言えばサイコサスペンスなどでキンキンみたいな音楽で不安を駆り立てるような。

もこっちの主観できーちゃんを恐れているシーンで、もこっちの目にはこう映るって意味合いです。

それだとでも、八尺様のもこっちが寝ている時の表情や、前回喪103で寝覚めのもこっちの隣にいるシーンのきーちゃんの表情は説明不能です。

もこっちがメスケモの画像検索をしているシーンでは「優しい気持ち」にならなかったけど、きーちゃんに気がついたもこっちがパソコンの電源を長押しOFFしたことについては「優しい気持ち」が喚起されている。

これは発見でした。ようやくはっきりしたという感じでしょうか。

そしてようやくきーちゃんエピソードが嫌い、きーちゃんというキャラクターが苦手、ってファンの気持ちがよく理解できました。

もこっちに共感が強ければ、きーちゃんってキャラクターが苦手になります、もこっちが思っているように。

きーちゃんに虐められている、恥をかかされていると、自分のことのように思ってしまう。

それを楽しめるかどうか、それは受け手次第ですね。私はあえて隠しているやわい部分をくすぐられているようで楽しいです。

今回もう一つはっきりしたのは、きーちゃんはお姉ちゃんが好き、ってことです。胸がきゅーっとするって言ってましたね。

お兄ちゃん(智貴くん)は普通の人だから関心がない、お姉ちゃんだけがドキドキさせてくれる。

怒らせたり、ドキドキさせたり、優しい気持ち。もっと突っ込んで言えば、共感して恥ずかしくなる気持ち、守ってあげたいという庇護欲。

私がもこっちを大好きなのは、他の漫画では味わえないようなドキドキや優しい気持ちが味わえるからでしょう。

一緒だなと思いました。きーちゃんと同じ気持ちでもこっちが好きなんだと。

「ていうかきーちゃんって本当に何が好きなんだ。つーかきーちゃんって何?」

ってもこっちの疑問にはこう答えましょう。

「ワイやで」